プロフィール

Shine_profile

Shineは普通の会社員

Newspaper

はじめまして。会社員戦略の管理人Shine(シャイン)です。

僕は40代半ばで中堅メーカーで働くごく普通の会社員(サラリーマン)です。持ち前の運の良さと前任者が帰任するタイミングも手伝って、現在アメリカで駐在員として働いています。

厳しい競争を勝ち抜く・・・といった激戦は出来るだけ避け、勝てる見込みがある領域で勝負するという戦略を好みます。

見方によっては意識低いと思われるかもですが、人生100年時代を生き抜くためには消耗しないことが一番という考えが根底にあり、80%位の力で人生を走り抜けるつもりです。

貧乏だった幼少時代

Money_gone

僕は収入が一定以下の人が住む公営住宅に住んでいました。決して裕福な家庭で・・・というより割と貧乏な家庭で育ちました。

借りていた公営住宅は風呂無しだったので銭湯に行くわけですが、やはり貧乏だったので銭湯は2日に1回しか行けませんでした。ただ僕はそれが普通だと思っていたので別に苦ではなかったです。

貧乏暮らしは色々不自由はあったけど、母親の作ったおいしいご飯を3食食べられて、大好きな野球もやらせてもらえたので十分幸せでした。周りは「アイツん家貧乏」と思っていたでしょうが。

常に中の上だった中高生時代

Middle_school

貧乏な家庭で毎日工夫して生きていくことを考えていたからでしょうか、割と器用で中高生時代は何をやってもそこそこ出来る人間でした。ただし何かに特別秀でていることはなく、成績、運動、趣味 etc. 何でも中の少し上くらいのレベルでした。

地頭は大して良くなかったので、テストの時試験前にまとめてゴリゴリ勉強して平均より少し上の点を取っていました。運動神経もまあまあ、足もまあまあ速かったです。

中高生の頃から人との調和を重んじる性格だったので、友達はそこそこ多い方でした。ただ集団を引っ張るという人間ではなく、そこそこ目立つ程度でしたね。

母の死、苦難の高校時代

Funeral

僕の家庭は貧乏でしたが、両親は常に子供のことを考え、愛情をもって僕と弟を育ててくれました。もちろん裕福な家庭がうらやましいと思ったことはあったけど、それなりに幸せでした。

僕が高校生の頃、家計の足しにしようとパートを掛け持ちしていた母を病魔が襲いました。病気は治療ができないほど進行しており、入院して半年後母は亡くなりました。

亡くなる直前まで自分のことよりも僕と弟のことを心配していて我が親ながら仏の様な人だと思いましたね。

母亡き後、父、僕、弟の男3人での生活が始まりました。父は仕事に出ていたので、弟と家事を分担して毎日を凌ぎました。

洗濯、掃除、食事準備等の家事をこなしながらの受験勉強はかなり大変でしたが、この頃ハングリー精神とタイムマネジメントが身に着きました。

何も残さなかった大学生時代

College

僕が大学を受験した当時は受験戦争と呼ばれた時代、一浪、二浪当たり前で主要都市にある大学はFランでも倍率10倍~20倍が普通でした。

僕が受験したFラン大学も倍率12倍でした。進学校でもない公立高校に通っていたので、英語一教科の推薦入試を選択、Fラン大学に現役で合格しました。

ただ第一志望の大学は不合格だったので、一年浪人して再度トライしようか迷いました。親の負担を減らす為、学費の一部は自分で払うつもりでしたが全額はさすがに無理。

浪人する余裕はないと判断、Fラン大学へそのまま進学する決意をしました。

貧乏な家庭にとって私立大学の学費は結構な負担です。学費の3割を僕が負担するという条件で大学に通いました。

学費の一部を払う為に毎日アルバイトに明け暮れる日々、何のスキルも得ないまま4年が経過し大学を卒業しました。

なぜか大学卒業後に英語学習

English_book

何の武器を持たないまま大学を卒業、そのまま就職する気にはならず英語を勉強しはじめました。大学生の時にやっておけよ!と言われると返す言葉がありません。

大学時代は将来のこと何も考えていませんでしたね。

大学卒業後昼間はパチンコ屋でアルバイト、夜は英会話スクールに通うという生活を2年間続けました。

他にやることが無かったので割と真面目に勉強し、日本人としてはそこそこの英語力が身に着きました。将来の為に英検やTOEICなんかも受験しました。

英語を学び始めたのはなんとなくです。アホみたいな理由ですが本当です。ただ今思えば周りに流されて何となく就職せず、寄り道して英語勉強しておいて良かったです。

スキマ時間でビジネス英語を勉強したい方にスタディサプリEnglish

会社員(サラリーマン)は戦略的に英語スキルを磨け
会社員(サラリーマン)は戦略的に英語スキルを磨け会社員(サラリーマン)は、英語を身に着け社内競争を回避し、伸びシロのある海外市場で勝負、更にプライベートを充実させる戦略について解説します。...

派遣社員として貿易業務

logistics

2年のフリーター生活終了後、そこそこの英語力をひっさげて就職活動を始めますが、当時は大学卒業後すぐに就職するのが当たり前の時代。2年もブラブラしていた輩はなかなか相手にされません。

英語を使った仕事をしたかったので、商社や貿易関連の企業をターゲットにしていましたが、優秀な人が集まる業種のようで結構ハードルが高かった・・・。

そんな中派遣社員として貿易業務の仕事が決まりました。

仕事の内容は輸出入業務がメイン、貿易に必要な専門知識が身に着いた上に毎日英語を使って仕事することができ充実していました。

ただ派遣社員なので給料安い、賞与無し、昇給なしと続ける仕事ではなかったので2年程度働いて転職を決意。転職活動を開始してすぐ外資系メーカーに営業として採用が決まりました。

派遣社員とはいえ実務経験を2年積んでいたので、フリーターから就職するよりかなりスムーズでした。

20代・第二新卒・既卒向け転職エージェントのマイナビジョブ20’s

外資系メーカーで営業マン

Construction

貿易関連企業退職後、外資系メーカーで営業マンとして働き始めました。外資系とは言え建築業界だったので、結構ガテン系でしょっちゅう建築現場に足を運びスーツを汚していましたね。

業界にはいかつい人達もたくさんいて怖い思いもしましたが、ここで営業のイロハを学びました。4年程度働いて実績も上げ毎日充実していました。

ただ外資系なのに英語を使う機会が展示会くらいしかなく、英語を使う環境を求めてまたぞろ転職活動にいそしみます。その結果2社から採用をもらいました。

一方は超大手外資系グローバル企業、もう一方は海外拠点がある高収益中堅メーカーでした。大手で埋もれるのは避けたかったので、中堅メーカーのオファーを受けることにしました。

外資系企業への転職はJAC Recruitment
Job_Change
会社員(サラリーマン)は普段から戦略的に転職を意識すべし会社員(サラリーマン)が普段から戦略的に転職を意識すべき理由について解説します。一刻も早くブラック企業から脱出し転職戦略を練る、転職サイトに登録し自分の市場価値を掴んでおく、戦略的に転職し、より良い待遇をゲット、明日解雇されても生きていけるよう戦略的に努力する、これらを普段から戦略的に考えることが会社員(サラリーマン)にとっていかに大切か。...

中堅メーカーで国内営業

Osaka

オファーを受けた中堅メーカーには規模は小さいながらも世界の主要都市に拠点があったので、将来的には海外勤務を希望するという格好で入社しました。

海外駐在員候補生とは言え商品を何も知らないと話になりません。まずは修行と言う形で国内営業所に営業マンとして勤務しはじめました。

それから7年いつまで経っても海外勤務のお呼びはかかりません・・・。

当時会社の売上は国内偏重、海外はおまけという位置付けでした。僕は特殊な業界を担当していたので、会社としては担当者を固定しておきたかったようです。

このままでは埋もれてしまうと思い、宴席で辞める覚悟で当社の社長に近づき「ワタシ海外勤務希望でこの会社に来たんですぅ・・・」と直談判。

当時の社長は国際派、海外拠点を強化しようという動きも手伝って、その半年後海外営業に異動となりました。

Career_Path
【元海外営業が解説】海外営業のキャリアパスに必要な行動は4つ『海外営業として働きたい』、『海外営業として働くにはどんな会社に入れば良いのだろう?』、『海外営業に必要なスキルは?』このような悩みを解決する記事です。海外営業のキャリアパスに必要な行動を知りたいという就活生、若手から中堅のサラリーマンに読んでもらいたいです。...
Intl_Sales_Job
【海外営業経験者が解説】海外営業が携わる4つの仕事内容『海外営業の具体的な仕事内容は?』、『国内営業との違いは何?』、『どの程度の英語力が必要なの?』このような悩みを解決する記事です。海外営業の具体的な仕事内容を知りたいという就活生、若手から中堅のサラリーマンに読んでもらいたいです。...

本社で仕事していた時は、当時の上司にマーケテイング戦略、会計、プレゼンスキルを叩き込まれました。短期間でスパルタだったけど、渡米前にスキルが大幅に上がりました。

指導者は本当に大事です。この上司との出会いが無ければ僕はポンコツのまま渡米して消耗していた可能性が高いです。

年収800万円以上の求人多数
ハイクラス転職はキャリアカーバー

survival
会社員(サラリーマン)として生き残る為の戦略このブログでは会社員として生き残る為の戦略、必要なスキルとマインドセットについて解説します。...

アメリカ現法のマネジメント

Hollywood

本社勤務の海外営業を経て現在は念願かなって海外駐在員としてアメリカで仕事をしています。現在は現地法人のマネジメントをやっており、業務内容は多岐に渡り勉強の毎日です。

スパルタで叩き込まれたスキルやマインドセットですが、渡米前は「何でこんなことやらなきゃいけないの?」とヒーヒー言いながらこなしていました。

しかし渡米後、実際に現地法人の指揮を執ることになり、教わったことは実戦で役立つことばかり。「なるほど、こういうことだったのか」と目からうろこです。

紆余曲折あったけど、僕の小さな夢「とにかく英語圏のどこかで働く」はとりあえずかないました。夢が小さすぎて恐縮です・・・。

当面の目標はアメリカ駐在中に可能な限りスキルアップして、帰任時に引く手あまたな人になることでしょうかねぇ。

英語を活かした転職ならロバート・ウォルターズ
Work_Overseas
海外駐在員として働いて得られるもの会社員が海外駐在員として働いて得られるものについて解説します。海外で生活し働くと高い語学力、サバイバル能力、マネジメント力が身に着き、転職市場における高い市場価値を得られます。...

Shineの会社員戦略

California

実際に自分がやってみて思いましたが、会社員(サラリーマン)を生業とする場合、海外駐在員として働くことを本気でおススメします。

海外駐在員として働くことにより、語学力、マネジメント力、交渉力、サバイバル能力、度胸が身に着きます。また家族帯同者は子供達も語学力が身に着きます。勿論乗り越えなければならない壁がたくさんあることも付け加えておきます。

何より語学力と海外駐在経験をもった人材は、帰任後の市場価値が上がり転職による年収アップが狙えます。ツライことも多いけど、海外駐在にはそれを補って余りあるベネフィットがあります。

最後にもう一つ書いておきたいのは、Fラン大卒、パチンコ屋店員でも試行錯誤すれば、海外駐在員になれるということです。ワタシの場合「海外で働く」というゴール設定をし、その為には業種変更、転職もいとわないというスタンスでした。

Chuzai
会社員(サラリーマン)は戦略的に海外駐在員を狙え会社員(サラリーマン)は語学力を磨き、手厚い待遇を得る為に海外駐在員を目指すべきという内容の記事です。海外駐在することにより子供達も語学が習得でき国際性が身に着くというメリットを享受できます。また帰任後海外経験を活かしてキャリアアップできることも海外駐在員を目指す理由の一つです。...

ゴールを設定しその為には何が必要かをしっかり考えて実行すれば少しずつゴールに近づいていきます。ゴールを設定しても大半の人は道半ばで諦めます。裏を返せば諦めず継続すればチャンスがあります。

ここまで読んで頂きありがとうございました。皆さまの会社員(サラリーマン)生活が素晴らしいものでありますように。

 

シャイン
シャイン
僕は三枝匡さんの本が好きなのでここで紹介しておきます。実際にあった話を元に書かれた本で、小説を読みながら戦略とマーケティングが学べます。何よりストーリーが面白いので教科書読むより頭に入ってきます。興味のある方は是非読んでみて下さい。